多々良沼(邑楽町/館林市)
Historic spot of TATARA POND
多々良沼(邑楽町/館林市)
多々良沼は群馬県館林市と邑楽町にまたがる沼。その昔砂鉄が採れ、この地で製鉄と刀鍛冶が行われていたという。妙印尼輝子の時代、由良成繁、国繁、館林城主 長尾顕長の命を受けた農政家 大谷休泊が、館林地区の農業(米)生産力の向上のため、金山から赤松を植林し上州名物空っ風を防ぎ、また灌漑(現:休泊堀)を整備したと言われている。
多々良沼の中心、沼に突き出るように位置する浮島弁財天が印象深い
最近ではハクチョウの越冬地としても知られ、多くの観光客やカメラマンなどで賑わう
現在、赤松林内は散策路が整備され、近隣住民や観光客らの散歩コースとして人気がある
沼の周囲には、金山から植林したと言われる赤松の防風林がつづく。野鳥観察などもできるようになっている
妙印尼様の時代には、沼に面して鶉古城があった。今では土塁が残るのみとなっている
その昔、この地では「たたら製鉄」がおこなわれており、名前の由来ともなっている
沼の周辺は、大谷休泊らの努力により、現在では豊かな田畑が広がっている
多々沼近くにある大谷休泊の墓。その功績は周辺の地区名(太田市休泊地区)や堀の名前(休泊堀用水路)として今でも伝えられている
多々良沼には桟橋なども整備され、1年中を通してヘラブナやバスの釣り客で賑わっている
群馬県館林市飯塚町1059-1